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2012'03.04.Sun

早雲寺・小田原城・一夜城②

ブログ拍手ありがとうございましたー。

本日は小田原城の遺構と一夜城ですー。
一夜城の面白度数がハンパなくて、一夜城の写真ばかりになってましたよ、みずほさんのカメラ。

小田原城の梅の花が咲き始めておりましたよー。
014_20120304091944.jpg

小田原城の天守の外にあった秀吉の小田原城攻めの合戦図。
015_20120304091944.jpg
左下の養子(猶子)たちがかたまっていて配置かわいい。
あと水軍の配置は図によって嘉明がいなかったり輝元がいなかったりするけど、どの図にも長曾我部はいるんだなとか。いないときの輝元はお昼ごはん食べに帰っていないんだよとか、連れとおしゃべりしつつ。

小田原城歴史見聞館でレンタサイクル借りようと思ったのですが。
016_20120304091944.jpg
まだ小雨が降っていて、危ないから貸せませんとのことで。
(事前の電話では小雨なら大丈夫っていってたのにー)
あとは案内ボランティアの方に聞きますと、坂がきついので一夜城巡りも遺構巡りも自転車はやめたほうがいいよーとのアドバイスで、予定変更してタクシーに。

早川口遺構ですー。
017_20120304091944.jpg
こちらは公園になっていて、公園の入り口に説明看板もありますー。
長尾景虎も武田信玄も退けた小田原城の三の丸外郭です!という(笑)
堀と土塁を二重に配置した二重戸張です。
写真ではうまく映せているか心配ですが。
住宅街の中にがっちりとした堀&土塁跡が残っている奇跡に感動。

公園の梅。
018_20120304091944.jpg

タクシーで一夜城に向かう急な坂道をぐるぐる登っていきますと。
通り過ぎた看板の肖像に、連れと「何!?」と慌てる。
「今、宇喜多秀家がいなかった!?」
021_20120304092051.jpg
(ちなみにこれは帰りに撮った画像です)
タクシーの運転手さんが「小田原城攻に参加した武将たちの看板があるんだよ」との情報をくれたので、帰り道の下りはタクシーじゃなくて徒歩決定。

石垣山一夜城の駐車場には「一夜城ヨロイヅカファーム」という観光農場?+オーガニックなレストラン兼ケーキ・パン屋さんがありますー。019_20120304091943.jpg
一夜城という銘の紅茶ブレンドとかケーキがおいてありましたー。
霧が濃くて少し先も見えませんー。

同じく一夜城駐車場においてある早川石丁場群の発掘された刻印石。
020_20120304092052.jpg
江戸時代初期の江戸城修復の為の、早川石丁場の石で作業刻印が残っているものだそうですー。

あと、一夜城前トイレ。
022_20120304092051.jpg
こんな小さなトイレに「一夜城前トイレ」と看板と中の案内図が付いているのをみるのは初めてですよ?
トイレの中で迷子にならないようにですか?(笑)

一夜城はきれいに整備された歩道を歩きながら、横手に石垣や土塁を見られます。
このころには雨は上がっていまして、ただ霧だけが濃くて。
023_20120304092051.jpg
きれいに整備されているのは、早い段階で公機関が土地を買い取ることが出来たからかなー。
史跡によっては土地の所有者が相続人不明で整備したくても出来ないなんてこともあるようですし。

目に入る脇道は、充分登れそうなのですが、メインコースがあまりにきちんと整備されているので、脇道にはいってはいけない気がする。
024_20120304092051.jpg
…でも、こんな道が伸びていたら、入っていきたくなるですよー。

土塁!
025_20120304092051.jpg

野面積みの石垣!
027_20120304092154.jpg
登りやすいように整備されてはいるけど、山城に必要なものはきちんと見せてくるので、もう楽しくて楽しくて。

馬屋曲輪(二の丸)跡。
028_20120304092154.jpg
第一印象、広くてびっくり。
一夜城は短期間で作った城のイメージがあるので、山をベースにしているとはいえ小さな山城をイメージしていたのですが。
逐一広くて大きくて、自分の持っていた印象と全然違って。

二の丸の櫓台跡。
029_20120304092154.jpg

案内の石柱にひょうたん。秀吉はとりあえずひょうたんなんだな。
030_20120304092154.jpg

群生植物も、きちんと見目良く刈られていて微笑ましいです。
031_20120304092153.jpg

井戸曲輪跡。
032_20120304092256.jpg
ちょっと…圧倒されました。大きさに。
淀君化粧井戸という別名も残されているとか。

井戸の縁に立ってみます。
033_20120304092255.jpg
あれ、これ反対側にまわったら降りられるのじゃないか?

井戸のいちばん底まで降りていくと、湧き水が。
034_20120304092255.jpg
現代でも水をたたえているというだけで、襲ってくるこの感動はなんでしょう。
一夜城…おもしろい!これは人に薦めたい!

二の丸と同じ段にある展望台。
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心のきれいな人にだけ眼下に小田原城が見えます…orz

本丸へ続く道。
036_20120304092255.jpg
古い石がごろごろしていて豪華。

二の丸跡の石碑、撮り忘れるそうになりつつ振り返ってぱしゃぱしゃ。
037_20120304092255.jpg

本丸への登りはコの字にぐるりとまわりながら坂を登らせる作りに既知感。
038_20120304092356.jpg
あ、そうだ。
安土城と同じなんだと思い当たって楽しくなりました。

コの字を登りきると、道を挟んで左右に門の基台跡(看板)。
039_20120304092356.jpg
当時のお城の情景が想像できてめちゃめちゃ楽しいです。

本丸に到着。標高が高い方が霧は濃いように感じます。
040_20120304092356.jpg
本来ですと、本丸の展望台から小田原城と相模湾が見えるそうなのですが。
ええと、心のきれいな人にしか見えない仕様のようで…(←2回目)

本丸の少し高くなったところに天守台跡。
041_20120304092355.jpg

天守台の裏手は傾斜が急で野生むき出し。
042_20120304092355.jpg
登れない。これは登れないですよ。

天守台から本丸の展望のほうに戻りかけたところで。
西側を見下ろすと、道はないけどひらけた曲輪が。
いや、正確には「観光用整地された道はない」けど、普段のお山城なら降りちゃうような足場はある(笑)

降りました(笑)連れが!
なので同じく降りました!
ちなみにこれくらいの傾斜&高さ。
043_20120304092456.jpg

開けた曲輪は西曲輪跡でしたー。
044_20120304092455.jpg

てくてく南のほうへ曲輪を歩いていきますと。
本丸から降りてくる道、南曲輪に続く整備された道と繋がりました。
045_20120304092455.jpg
いやでも、下に曲輪っぽいものがあったら、好奇心は抑えられないデスヨネ?(笑)

南曲輪跡は傾斜が急なためか、囲いがしてあります。
046_20120304092455.jpg
南曲輪の脇に観光用整備されていない岩ゴロゴロのくだり坂があります。

047_20120304092455.jpg
先ほど本丸から降りたら西曲輪に繋がっていたことでテンションが上がっていたので、降りてみます。
観光用道として整備されていないだけで、普段いく整備されていない山城よりはきちんとした道だしーと。

と。
いちばん最初にこの脇道って登っていいのかな、っていった脇道でした!
やっぱり登れる道だった~。

一夜城駐車場まで戻ってきました。
048_20120304092454.jpg
霧はすっかり晴れています。

相模湾のほうを見てみると、海が!
あとみかんがこの付近っぽい!
049_20120304092524.jpg
この景色を何故頂上にいるときに見せてもらえなかったのか!
いや、最終的にはみれたから良しといたします!

というところで力尽きたので、続きは次に。
Categorie歴史
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あっ!登城中の看板、下山するときにはすっかり忘れてて、フツーにタクシーで降りてしまいました(TωT)今思い出した・・・。

kai:2012/03/04(日) 14:44 | URL | [編集]

ありゃ。もったいない。また一夜城に行く口実ができましたね~。

みずほ:2012/03/04(日) 17:29 | URL | [編集]

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