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2012'02.11.Sat

越後毛利内紛、北條城主と八石城主。いろいろメモ。

ブログ拍手をありがとうございました。
秩父一族の一連のお絵かきについては、自分世界が出来ると吐き出したくなる癖と身内への布教の一環的意図は否定できません。


あと北條城主(丹後守)が八石城主を謀殺したといわれる越後毛利の内紛について、どうも自分の中で考えるのは楽しいけど結論は出ない気がする色々メモ。


・北條(大江)氏→寺への手紙の名乗りを根拠に、北條氏はそれ以前は大江を名乗っていて、文書で明確に北條という名乗りをはじめるのは高広。天文19年(1550年)。「北條十一代孫葉毛利丹後守高広」
専称寺文書(越佐史料)・北條氏史(北條元一)
・高野山正智院文書。延徳三年(1491年)、八条上杉家の尾張守房孝が記したらしき(文書の背表紙の署名による)氏名年齢書き上げ「長尾信濃守平能景 廿八歳」(中略)「毛利左近将監大江定廣 善根」「毛利弥五郎大江輔広 北條」。「越後守護上杉家年寄衆の領主的展開(片桐昭彦)」
・「南城先生の越後奇談:『啜茗談柄』訳注」 の「越後毛利の内紛」。土地の伝説に基づいたもの。2001年に現代語訳をつけて出版された。原文は「鯖石君略伝」。八石山城主上総介浄広、姓は毛利。鯖石君と呼ばれた。北條丹後の娘を正室にし、二人の子をもうけた。御館の乱で鯖石君が景勝方に着こうとしたため、北條丹後は戦略の相談をすると北條城に招いて歓迎するふりをして、宴の後入浴を勧め、湯殿に仕掛けをして石を落とし謀殺した。以後鯖石君の霊魂が北條城に怪異を起こした。との内容。現代訳の際の注釈には北條城主を高広と八石城主を浄広と解釈することへの疑問の注釈。北條城主が八石城主を殺害した話は「白川風土記」「中鯖石村誌」年代さまざまに記載されている。
・八石山城。別名は鯖石城・善根城。
・浄広寺(柏崎市善根)。寺の由緒書は「当時は文明17年(1485年)八月、八石城主毛利浄広の帰依により創立す」。
・周広院(柏崎市与板)。寺の由緒書は「当時は天文三年(1534年)十月創立。開基は八石城主毛利大万充周広」
・「先祖は大満之助浄広、其子周広共に武功之勇士也。浄広死後、一宇を建立し、浄広寺と号す。又周広死後、与板村に一宇を建立す、是周広院也」。「旧城拾粹録」(北条町史)
・鯖石郷旧宅中村家伝。中村喜右衛門将安書(慶長元年、1596年)、中村家の系図では先祖は善根城主に仕えた重臣。将安の父・将俊の時代、元正三年(1575年)三月十八日に善根城主毛利周広が毛利丹後守に謀殺され、善根城は落城した。善根城の浄広と周広は兄弟であると伝えられ、落城の際にはその母と周広の奥方は坂田城に逃れた」(北条町史)
・北越太平記、永年4年(1561年)鎌倉鶴ヶ岡八幡宮での上杉謙信関東管領就任の項目に出てくる従人毛利上総介広俊は周広の末裔か(北条町史)

以下脳内。
・善根毛利の祖を浄広とするなら、1491年善根の大江定廣はまた善根毛利とは違う毛利一族ということなのか、それとも浄広=定廣か。
・亡くなった人のために亡くなった人の名前を付けた寺を建立は普通だなと思うけど、生きてる自分の名前の寺を自分で建立するとかの説は不吉じゃないのか。
・北越太平記の広俊が周広の末裔かという説は、根拠がないけど思いついてみただけと理解。
・中村家の伝や系図がどのくらい正しいのかわからないけど、これを正しいとするなら1575年(天正三年)、謙信公の時代で景勝さまが弾正少弼もらったくらいに北條と善根は内紛していたと。
・死後に名前を入れた寺を建立の方が自然だと思うけど、それだと中村家伝の時期とは矛盾しますね。
・1485年浄広死亡したので寺建立とすると、1491年の大江定廣は周広の別名という可能性もあるのですね。
・「越後毛利の内紛」は御館の乱にすることのいやいやよりも、御館の乱の善根毛利当主を浄広にするのも乱暴な伝承だと思う(笑)1485年死亡説をとらないにしても1485年に寺を建立したくらいの年齢のひとが1578年の御館の乱でいくつか。
・北條当主の娘と善根の当主の結婚があったことがむしろ大事なんじゃないかと思えてくる。
・内紛当時の北條城主は結局高広だったのか、について考え始めると、北條氏の系譜についての疑問へループする。
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