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2012'01.10.Tue

天文24年北条謀反とそのときの安田語り。

天文24年、武田信玄に内応して北条高広が謀反を起こしたといわれる事件。
「武田に内応して」の根拠は差出人「晴信」からの書状なのですが、書状の写しで研究を行った為の誤解で、本来の書状原本を確認すると差出人に「信玄」と記載されている。天文24年春はまだ信玄と名乗る前なので、内応の根拠となったこの書状は謀反の後にやりとりされた無関係のものと考えられ、謀反と信玄を繋ぐ根拠はない。間違いだったと研究発表がされ、柏崎市史にもでているのに、今もまだ信玄に内応しての反乱だったという創作物が多いのでもう一回研究発表しておく!という内容の郷土研究誌に掲載された猪爪氏の論文をよむ。

北条の謀反は北条の独自の意思で起こしたもの…というのは独立性の強い越後の国人っぽくていいなあと北条がまた少し好きになったりです。
本来の主張とは外れている部分ですが、猪爪氏の論文に謀反を起こすにあたって北条は安田景元の同意が得られなかったのではないかという表現に、ぐっときた。
実は景元が北条の謀反を謙信(宗心)に密告したという行動が不思議だなあと思っていたので。
北条と安田は数代前ならともかく直前の代でかなり密接な関係になっていると思うのに。
当主が同じ時期があったり婚姻関係があったり。
北条の謀反の準備を安田が監視していたのだとすると、憎みあっている関係のような表現で不思議だなと。
でも単独で謀反を起こす前に一族の安田を誘っていたとしたら納得できる。
そして安田が謙信に謀反の情報をリークしたことの意味を考えていたら頭があったかくなってくる。
安田が情報をリークすることで得られるものってなにかなと。

一緒に謀反を起こさないかと北条に持ちかけられた安田が、力を合わせても謙信には勝てないだろうと考えて誘いを断る。
断られても単独で行動を起こす北条。
また北条が単独で謀反を起こしても勝てないことを見越して、謙信に情報を流す安田。
情報を流すことで安田は北条討伐の際、謙信への発言権を得るだろうし、そしたら謙信の味方になることで北条へ降伏勧告を出せる立場になるんじゃないだろうかとか。
また北条も同族の降伏勧告なら投降しやすいんじゃないだろうかとか。
謙信にそのつもりがあるかはわからないけど、もしものときの北条滅亡の歯止めになったりしない?
そして安田は謙信への発言権と同時に、降伏することで滅亡しなかった北条への発言権も得るんじゃないだろうかと。
あれ、これって同族北条への憎しみじゃなくて、どっちにしろ負けるならの微妙にフォローとか恩着せたいとかあったりしない?
という白昼夢を一気にみました。

とりあえず、ツイッターでは短すぎて表現できなかったのでブログに吐き出してやった!すっきり。
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