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2012'01.08.Sun

元旦②村上城(本庄氏)・江上館(中条氏)

春日山城跡のあとはさらに高速を走って村上城跡へ。
戦国時代、直線距離にして約200kmの移動は徒歩でだったのか、それとも海を使って船だったのか。
その距離の遠さに、車での移動の間いろいろ思いを馳せてしまいましたですよ。
ちなみに高速道路から見える景色は春日山付近は雪が積もって真っ白で。北条・安田の方(柏崎)も海がすぐ横なのにしっかり積もっていて(意外)、三条を越えてくると急に雪が少なくなって木場城付近(新潟)から新発田までは雪の無い土の出た田園。かつ白鳥の群れがあちこちの田んぼにいて。ああ、雪が積もってない場所にはえさがあるから白鳥がいるのかなとか思ったりしつつ。新発田から村上城に近くなっていくとまたしっかり雪が積もり始める風景。

今回、新発田城にいかなかったのは冬季期間中は閉門していれてもらえないと聞いたので。
春になったらいくよ。

村上城のふもと。藩主の館があった場所は公園として整備されているかんじでした。
しかし今は雪捨て場。手前の山は雪を積んだ山。
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きれいに整備された階段と碑、それからちょっと小さいのでわかりにくいかもですがちいさい雪だるまがお出迎え。誰が作ったんだ(笑)
022_20120108110954.jpg
雪がなければ頂上までは相当登りやすい山城なんだろうなー。
午後で気温が上がっているせいか、水を多く含んだ重い雪の階段を登っていきます。

だいぶ長い長い階段を登っていきますと、石垣が見えてきて頂上。
023_20120108110954.jpg
今通ってきた階段は藩時代の大手道です。

頂上の櫓跡や門跡は村上藩時代のもので。
024_20120108110953.jpg
打ち込みハギの布積み、という新しい積み方ですよとの看板で親切に説明してくれます。

村上城は藩時代の城跡も楽しめるのですが、中世散策コースは本庄氏時代の城郭も楽しめて二度おいしいです。
025_20120108110953.jpg
というか、むしろこっちにいかないと意味がありません!という勢いで、でも滑りそうな雪道を恐る恐る…下っていきます。

急な斜面に、攻めにくそうでいいなあとにやにや。
026_20120108110953.jpg

水の湧く場所は雪で隠れません。小さい水場、これは井戸跡かなとわくわく。
027_20120108111100.jpg

こちらは藩時代の井戸跡。
028_20120108111100.jpg

坂中門跡。
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土塁がしっかり残っていてきゅん。

さらに古い加工の石垣。
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野面の乱積み。説明では16世紀中期ころの技法とのことなので、本庄氏時代の石垣と考えていいのかな。

崩れてきたときの為にか金網で覆ってあります。
景観的にはもったいないけど、地震で崩れたら危ないですものね。
031_20120108111059.jpg


土塁に雪が積もっているのかなとぱしゃぱしゃ撮っていたら。
032_20120108111059.jpg

石垣がのぞいているし!
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左隅は橋になっていますが。
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これは空堀に橋を整備して渡してあるのかな。

橋の上から見上げるように撮った写真。
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堀の底の部分に湧いた水が伝って雪を溶かすのでラインが解りやすいです。

個人的メインディッシュ。次々とみえる帯郭。
036_20120108111208.jpg
急な斜面がうまく写真でわかるかなぁ。

+長く・何重に広がる帯郭群。
まだ郭でてくるの!?という折り重なりっぷりに、みずほさん大興奮。つれも大興奮。
037_20120108111208.jpg

長い長い竪堀。竪堀の下の虎口は雪で落ちそうだったので近づくのを断念。
038_20120108111205.jpg
上から下までの大きい竪堀に、ほうとなって。
いい城だなあ…と、何回も何回も呟きました。きっと本庄はこの城が誇らしかっただろうなあ。

上にも下にも郭。横からも撮ってみる。
039_20120108111320.jpg

たっぷり帯郭群を堪能できます。
040_20120108111320.jpg
攻めにくそう!攻めにくそう!を連呼しつつ。

実際、この城で篭城戦を行ったのが3度。うち一回は対上杉謙信。
謙信公に包囲されても落城しませんでしたけどね、という自慢看板が頂上のどこかにあった気がします(笑)

たっぷり堪能したあとは、再び頂上に向かいます。
042_20120108111320.jpg

村上藩時代の石垣をあちこちみて。
041_20120108111319.jpg

こんな堅牢な地形のお城があったら、村上藩が平城である新発田藩の新発田城を「そんな攻めやすそうなお城で大丈夫ー?」って馬鹿にしちゃったエピソードも納得。本庄は城にある程度自負があるから籠城戦をしたんだろうけど、村上藩もオレの城すごいよって思ってたんだなと思うと…この土地の人はどれだけ城が自慢だったのかと微笑ましいというか。

043_20120108111319.jpg

本丸に向かって石垣の間を抜けていくと。
044_20120108111319.jpg

すぐ横に海。河口と交わる海。うわー、運搬しやすそうー。
それからいかにも城下町でしたな密集した民家。
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本庄「春日山という中央なんてなくてもここだけでいろいろあるよ。便利だよ。別に他入らないよね。…まあ親戚だから色部はいてもいいけどな。新発田も近所さんだし別にいてもいいけどな。中条と黒川も」鮎川「なんでオレだけ入ってない?新発田より近いだろ!」という妄想を思わず口に出したら、連れに「みずほさんの本庄はツンデレか…」というツッコミもらった。

川を挟んで向こう側のお山は、鮎川の居城のある方向。
046_20120108111439.jpg


鮎川の城と色部の城は方向が違いますけど、ここから大体似たような距離。
馬を走らせれば味噌も借りにいけます。…本庄はプライド高くて近所の家臣に借りにいけなくて、わざわざ色部の城まで借りに行きそう。いや妄想ですけど。

舞鶴城の碑。
047_20120108111439.jpg

城跡の説明があちこち立っています。
048_20120108111439.jpg
藩時代の跡地であきらかにテンションが低くなるみずほさん(笑)


そして。
平林城のお山を眺めつつやや南下。
また車をしばらく走らせますと。
鳥坂城の真横を走りぬけ、中条氏の館跡、江上館跡に到着。
049_20120108111438.jpg
現地の地図看板で確認すると鳥坂城と黒川城の距離は川を挟んで約2m。何でこんな近くに城建てあったんだろう。ちょうどいい山があったのか。仕方ないのか。それは領土揉めもするよ…。
資料館は3月末まで冬季閉館中ですが、館跡自体は門開放中。

本来は図面が地面に描かれて仕切られているようなのですが。雪で隠れています。
でもうっすらと雪の積もり方の高低でわかる…。
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ざくざく足跡つけながら再現した井戸を観にいったり。
051_20120108111524.jpg

裏手のお堀には水を張っていないので、積雪。
052_20120108111524.jpg

お堀は雪が落ちて半分凍りかけー。
053_20120108111523.jpg

村上城頂上時点で夕焼けだったので、この時間にはだいぶ暮れてきています。
もう少し時間あったらいきたいところはもっとあった!
関係ないですが、揚北衆と阿賀北衆では、地元は後者の表現を使うのが好きなような気がする。市史なんかでは後者表現をよくみるので。まあ、どっちでもいいと思うのですが。
あと、本庄より本荘のほうが「オレが荘の中心!」感があってかわいいなと思う。
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