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2011'07.23.Sat

うきうきちょそかべ旅行にいってきました②

画像整理していたら、はやくも再び岡山に行きたくなってきてどうしようなかんじです。
長船とかいきたいなぁ。9月までやってる安いパックを使って…とシュミレーションしてたら、結構いけそうでたまりません。長船の博物館のコラボキャンペーンも気になるし。9月はじめまでの。
大阪城とコンボで…ていうか、夏休みシーズンは安い行き方いっぱい組まれるから、今年ダメだったらまた来年かな。
しかし熊本にもいきたいむぐむぐ。やっぱり飛行機が安くて楽な気がする。でも旅行会社のホテル付新幹線もだいぶ安かったからなぁ。
蹴球観戦といい、金食い虫な趣味で困ります。


ブログ拍手ありがとうございました~。
きっと身内さまノシ

本日は岡山後編を。
実は、このたりはあまり記憶がなくてですね。
とにかくテンションが異常に高かったのは覚えているのですが。
ただ、撮った写真の量は笑っちゃうくらいたくさんあって。
お城の写真何枚撮ってるよ自分(笑)
石垣大好きなのはわかったから自分(笑)
後日。
嬉しくて記憶とんでるんですよねーって、身内友人様にいったら「(聖地)1回目ってそうだよね」って同意の反応。ですよねー。

タクシーさまで天守にいちばん近い門で下ろしてもらいましたです。
ここまでの疲労で歩けなくなってまして(笑)


23.jpg
月見櫓の真下から。
お月見につかったからから月見櫓、とか。
すごくかわいいのですが。
そして、その名前がついてしまうのは、戦のなくなった時代の建物なんだなぁと。
石垣は池田忠雄の時代のもので、その上にあるからその上に建っているから、もっと後の時代みたいです。

烏城御手洗処。
…ちょ、トイレかわいい!
24.jpg
窓(?)が狭間の形になってる!写ってるのは弓用ですが、角度を変えるとと火縄銃用も!

内堀。
が、大きすぎて足こぎスワンさんが遊覧中。
レジャー全開ですね、岡山城!(笑)
25.jpg

一気に天守のそばでテンションあがります!
手前の碑は岡山開祖宇喜多氏の碑てなってます。
26.jpg
家紋ちらしてあってかわいいのです。

廊下門をくぐってお城に近づいていきます~。
近くに見えて結構たどり着けないかんじは、大変お城らしくてきゅんきゅんします。
27.jpg

少し開けた広い場所にでると(御殿跡かな?)、足元に御殿の間取りが!
30.jpg
お茶室の隣が湯殿になってとか、釜戸があってとか。


そんな間取りをパシャパシャしながら。
歩いていたら。
宇喜多秀家さまの時代の石垣!
28.jpg
はわはわはわーと階段を下りてまっしぐら。

石垣ー!
29.jpg
地下に石垣が埋まっているのは、もちろん、当時の統治方法なんだろうなと思えてきゅんきゅん。。
宇喜多家統治時代の石垣を、後から入った統治者が埋めてその上に新たな石垣や城を立てることで統治者が変わったのだと民に知らしめ、現在の統治者の権威を示していた…とは。
この時代の常識だったみたいなので。
大阪城も豊臣時代の石垣は徳川政権下で埋め立てられてその上にお城建てたといいますし。
それを思うと、秀家さまが立てた天守が壊されずに残されたのは不思議なような。
直後に入った秀秋ぼんは新たな石垣を作ったり、堀をつくったりしてますけど、2年という短い期間でしかないので新しい城を作る時間はなかったと思うのです。秀家さまの建てた城のほかにお城がまだなかったから壊さなかったのかもしれないけど。その後に入った池田家は時間ならたくさんあったはずなのに、天守を作り直さなかったんですよね。このお城が後世まで残っていたということは。
不思議だなぁ。
もったいないから壊さずに使おうと思うほど、秀家さまの作った天守が豪華だったとか、立派だったとか?
それとも小早川秀秋という統治者を挟んでいたことで、池田家にとっては前の統治者の色を消す必要はないと思ったのかな。
うーん。
もし、秀秋ぼんが長生きしていても、天守を壊したりしなかったんじゃないかというような立派な天守だったから…だといいな。
あー、脳みそから妄想流れ出そう。

穴蔵。
だいぶ草が伸びていますが。
31.jpg
非常食を保存しておいた場所じゃないか、と説明書きされておりましたです。

井戸。
お城の中に井戸はいるよね!
32.jpg

月見櫓。
表から(笑)
33.jpg
こちらは消失せずに残った櫓。
経年で黒くなる材質の木だ!(興奮)
避雷針がつけてあって、さりげなく大事にされている様子。
え。この櫓すごいよね?もっとみてみて!すごいでしょって看板立てていいと思う(笑)

泉水。
井戸から備前焼の土管で水を引いて給水して、中央から湧かせる仕組みだったものを復元したそうです。
34.jpg
え、それってつまり水道?
焼き物の土管なら清潔だし。

秀家さま時代の石垣、再び!
ふらふらと誘われて降りていきますと。
35.jpg

埋め立ててあった地層をそのまま貼り付けて展示されていました。
36.jpg
城外の見せ方がおもしろくて、いつまでたっても天守にたどり着けないのですが!

不明門(あかずのもん)。
37.jpg
お。どこのお城にもある、使わないための門ですね!

さらには門、石段を通っていくとまたも開けた場所に。
天守閣の礎石。
38.jpg
再建するにあたり、当時のものを同じ配置でこちらに移動してきたものだそうです。
この石の上にかつての天守を支える柱が立てられ、城を支えていたのかと思うと。
たまらないです!
もっと撮っておけ!角度を変えて!ぱしゃぱしゃ!
中央のいちばん大きいあの石が、中心の柱の礎石ですね!

六十一雁木上門。
39.jpg
天守にいちばん近いところの門~。

そして。
天・守・閣。

40.jpg
どこかフォルムが他のお城と違う印象なのは。
曲線が少ないというか。
端整で。
でもやたら頑丈そう。地震に強そう。あと焼き討ちにも(笑)

瓦の一部に金箔が貼られていたので。
41.jpg
こちらのお城も金色に。
そしてこれでもかという桐の紋。

入り口になぜか。
「岡山城」の看板(笑)
お店の看板風。
42.jpg

正面から少しずれたところに新聞受け発見。
43.jpg
瓦版受けって雰囲気を気にした書き方が楽しいです~。

煽りで一枚ぱしゃり。
44.jpg

噂に聞く、エレベーターで上まで行って頂上をみてから、少しずつ下の階に下がって史料をご覧くださいな仕様。
いや、優しい、優しいの!
なのに、その利き過ぎっぷりに笑ってしまうのは何故だろう!
ごめんね!優しくされなれていないから、どうしていいかわからないの!(笑)
クーラーもきいていて、どこまで優しいの、岡山城。

天守の6階。一番上からの景色いろいろ。
45.jpg
ものすごく攻撃する気満タンに赤い目をした鯱。

お堀が大きくて目を引きます。
ていうか、堀…?川…?
46.jpg
遠くを見渡すと、どう見ても川にしか見えないものと繋がっていて。
後で、やはり治水して川をひいて堀とつなげたという説明を見つけました。
うわ、籠城しやすそう…。
これだけの堀があってもまだなお外堀つくって、お寺を固めて配置して。
秀秋ぼんは籠城する気満タンだなぁ…。
…秀秋ぼんは秀家さまが生きていると思っていたのかなぁ。
それとも違う別の誰かと戦うつもりだったのかなぁ。
ああ、もう。妄想の世界から帰ってこれなくなります…。

で。
一番上の景色をいただいてから、下の常設展をみたりなのですが。
宇喜多家の史料は不確かなことが多いせいでしょうか、
現在もいろいろな説のある部分は比較的詳しく説明することもなく、さらりと流している感じです。
地元武将贔屓に、殊更擁護することもなく。
江戸時代に書かれた資料からの面白おかしく怪しいエピソードを紹介することもなく。
とても冷静だなという。
同行者が「(宇喜多家に詳しくない)私でも知っている話ばかりでした」ていっていたので。
本当にさらりと。
あ、でも家臣さんの名前をはっきり挙げていたり、それは地元感な気がします。

誰が書いたかも解らない江戸時代の物語をからこんなエピソードが!っていうより、誤解はなくていいかもですね。

秀家さまと直家さまのことを秀家さまの母君が語る風味な映像も、放映されていました~。
みながらはらはらしたのはわたしだけでしょうか。
秀吉さまも私(母君)を気に入ってくださったようでのあたりではらはらしたのはわたしだけでしょうか!


そして、展示の表示。
まるで結婚式場のご両家のように。
白い縦地に黒い文字で宇喜多家・小早川家を並列して描いてあって。
吹き出した!
写真撮影してもいいのか迷う場所だったので撮ってこなかったですが。
(展示物の撮影はご遠慮くださいとはあったけど、これが展示物なのか迷うというかんじで)

他に池田家の史料の階とか、駕籠に乗ってお殿様気分♪とか、内掛け羽織ってお姫様気分♪とか。
歴史好きじゃなくても楽しめる配慮。
47.jpg
ただ、気持ちいいって表現には笑った!

軽食売店がお茶屋さん風に仕立ててあるのとか、うっかりよりたくなるけど。
時間があったら、寄りたかったー!
お土産コーナーでは、勝ち袋(匂い袋)をきゅんきゅん購入。
各々をイメージした匂い袋で、秀秋ぼんと、秀家さまと、行長を購入。
あー、行長もうちのコだよって認識してくれてるのね、岡山城。

きたときとは違う門を目指して歩いていたら。
時代劇が撮影できそうな趣のある道に。
49.jpg

それから、秀秋ぼんが作った石垣。
50.jpg
上に行くほど急になる丈夫で登りにくい石垣。
あれ、どこかでその文句きいたぞ?(笑)
熊本城の武者返しと同じなのか。
秀秋ぼんは清正さんに築城の相談をしたりしたんだろうかとか。
アドバイスくれたりしたんだろうかとか。
ていうか、秀秋ぼんは清さんに影響めちゃめちゃ受けていそうだなぁとか。
はい、白昼夢。

内堀を渡してある橋。
51.jpg
正面は県立図書館です。

52_20110723122251.jpg
本当に、広いお堀だなぁ。

あー、ここも行きたかった場所だったんですが。
53.jpg
図書館。郷土史料コーナーとか!
絶版本の宝の山なのにー。
今回は時間ありませんですから涙を呑んで。

あ。メガネの三成。
54.jpg
いつまでも友人の読み間違えを繰り返してみる。
岡山もメガネの三城圏内なのですねー。

名残惜しくて岡山駅ぱしゃぱしゃ。
55.jpg

バスに乗って高知に向かいますー。
瀬戸大橋で大興奮。
56.jpg

堪能した!あ、秀家さまキューピーもお土産に買った!
あと、瀬戸内銘菓になってたから母恵夢も!(シルシルミシルみたですよー)
足が豆だらけになった!
岡山では最初に乗ったタクシー会社さんをずっと続けて使ったんですが。
なんだかフレンドリーで親切でした!
親切すぎてこっちがあわてた!
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